2010年10月17日日曜日
浜松エアフェスタ2010
・・・・・まず出鼻をくじかれた。会場最寄の駐輪場があったのに、間違えて正門から入り最も遠い駐輪場にとめてしまった。シャトルバス100円もあったが、悔しいので歩くことに。下調べが足らなかったが、外の案内の人もちゃんと教えてくれればいいものを・・・
会場に着くと、ごついカメラと三脚、踏み台を備えた意欲的な人々であふれかえっていたが、それらに阻まれて地上の展示はろくに見ることもできず。展示飛行はさすがに見えるが、ケータイのカメラでは米粒よりも小さな物体としか認識してくれない。ここでも準備不足が・・・
帰るときに何か記念品をと思ったが、最初に目に入ってきたのが「撃せん」(せんべい)「撃まん」(まんじゅう)「撃カレー」。日本全国の観光地御用達の、「名前とパッケージだけ名物」がまた出たよ・・・。しらけたんでパンフレットだけもらってこうと思ったら、「300円で販売中」。背をホッチキスで留めたぺらぺらのが300円??
徒労感に包まれて帰ったのが12時過ぎ。たぶんこれが最初で最後の訪問になるだろう。
2010年8月22日日曜日
川原町泉屋で鮎を喰らう
岐阜駅から町並みと長良川を眺めつつ、30分かそこらで到着するはずが、下調べの不足でさんざ迷い、1時間近くもかかってしまった。
ようやく店を見つけて中に入ると、実はけっこう狭く、予約がすでにかなり入っているっぽい。11時20分くらいについたのでわずかな空き席に待たずに入れたが、後に来た予約無しの人々は皆30分とか1時間とか待たされていた。今回は運が良くて助かったが、ここでも準備不足が露呈
まず前菜。細長い棒状のものは、説明を忘れたが何らかの形で鮎と関係のあるスティック。
グラスに入った稚鮎の佃煮、鮎の南蛮、鮎なれ寿司一切れ、枝豆。前菜からいきなり鮎が三点も出てきて感動的だ。
さらに、写真を撮り忘れたが、次は鮎の笹巻き寿司。
続いて、鮎の塩焼き。頭から骨、内蔵まで丸ごと食べることができる。
むしろ身よりその辺のほうが好きかもしれないゲテモノ食いにとっては嬉しい限りだ
さらに鮎が続く。今度は甘露煮。これも同じく丸ごと食える。
さらに、写真また写真撮り忘れたが、小型の鮎と野菜のてんぷら。そういえば、一人暮らしの自炊で揚げ物はおろか油使った料理すら全く食ってなかった。
最後は鮎ぞうすいを食べて、自家製ジェラートで〆。一人4000円也。代金のうち6000円を払おうとしたら押し止められ、結局2000円しか払わずに終わった。その後に見に行った岐阜市博物館の入館料も結局払ってもらって・・・。日ごろの感謝に御馳走するという趣旨だったのに、全くの逆になってしまった。これも準備不足か。
2009年7月6日月曜日
早めの準備
青春18は売り切れることはありえないのだから当日に買ってもいいのだけど、やはり買うと旅に向けての気分が盛り上がる。
今年はムーンライトながらで白馬に行った後北陸本線で富山まで行って、高山本線で高山観光をする予定。東京から行くにしろ実家から行くにしろ、いろいろ検討したがこれしか普通のみで日帰り観光できる電車が無かった。
にしても、今回使うルートって北陸新幹線が全線開通したらことごとく露と消える運命の路線だ。一応第三セクター化はされるんだろうけど、不採算路線だけを分離して新会社にするなんて赤字まみれの破産が保証されてるようなものだ。ミニ新幹線にしたほうが、地元自治体の負担も減るし在来線も強化されてよかったんじゃないかと思うんだが。今さら遅いですか
2009年6月20日土曜日
東京都薬用植物園
薬用植物のみを栽培している植物園で、研究がメインの施設ということになっている。集団・個人ともにわりと見物客がいたが、多分年齢50代以下は自分ひとりだけだった気がする。
温室の中で、天高く伸びるバナナの葉。そのうち温室なしでも育つようになるだろうさ
カカオノキ。同じく温室内にて。
温室近くにあった「トウワタ」。指との比較で小ささがわかるはず。こんな小さくて可憐な花だが、毒草らしい。
温室内の「ヒョウタンウツボカズラ」。ウツボカズラと何かを掛け合わせたものらしい。ハエ退治に我が家にも一株欲しいな
「ヤマアジザイ」。看板が立ってないところにもあちこちで咲いていた
植物園内では「ケシ」も栽培されている。二重のフェンスと有刺鉄線、監視カメラで厳重に防御された栽培エリア
こちらは金網の隣にある「栽培しても良いケシ」。歴史の教科書のアヘン戦争のところに出てきたのとそっくりだ。
あまり期待しないで行ったのだが、予想以上にきれいな花がたくさん咲いていてかなり楽しめた。違う季節に行けばまた違った楽しみが味わえるのだろう。無料であれば何度も行きたくなる場所だ。ただし、全体的に湿気大目の場所なので、夏に行くときは蚊対策を万全に。
後は、マナーを守って楽しんでくださいと。園内の一角にあった絶滅危惧種も、そのほとんどが「園芸用の採集」が原因ですからね
2009年6月13日土曜日
川越旅行記(2) 珍風景
まずは、道端にあった看板を。
「明るいうちに家に帰りましょう!! 夜道注意 川越警察署」
夜になると、こういうものが出てくるのですね。明治の大火で亡くなった人々の魂が、夜な夜なさまよっているのだろうか。
次も看板を
「青少年を育てる■ 地区会議 川越警察署」
これって育ててるのか?青少年が垂れ目のカッパに襲われて、溺死させられそうになっているとしか見えないんだが・・・
次は、観光のメインルートから少し外れたところで見つけたもの
「田谷堰」というのだそうだ。木製の扉の堰とはなかなか珍しい。こんなでは閉めてもそこらじゅうから水が漏れてきそうな気もするが。稼動してるんだろうか。
相変わらずボヤボヤの写真を。喜多院南方にて
左上が壊れた碑、灯篭などが住宅街の中の空き地にかき集められていた。明治初年の廃仏毀釈の犠牲者らしい。実は立派な御殿よりこういうののほうが好きだったりする。
喜多院内部の自販機
観光地にはありがちなものだが、個人的には止めたほうがいいと思う。なにやら「安っぽい俗化した観光地」というムードがこれから発散しているかのように感じられる
川越旅行記(1) 全般的な感想
6/12(金)に、川越へ旅行に行ってきた。別に例のドラマにつられてというわけではなく、ごく近所の名所(?)を見ないまま東京を去るのももったいないと思って。
現地でも、当然ドラマに便乗した幟やポスターがあちこちにあった。
ブログに載せるためにケータイで写真を撮りまくろうと思っていたのだが、もともと機能がしょぼい上に何度も落としているせいかピントが全然合わない。
川越名物の蔵。明治に大火事があって街全体が焼け落ちたが、蔵的な建物だけは残ったので、再建するときはそれをみんながまねたそうだ。
よく晴れた日だったんだが、こんなぼやぼやの写真になってしまってはねえ。
同じく名物の「時の鐘」。もう真っ黒の塔というくらいしか分からない、ひどい写真。
「まつり会館」は館内の撮影もフリーという稀有な博物館だったのだが、人形の顔がひょっとこだかお姫様だか分からんような写真を撮ってもしょうがないということで、断念。
写真はあまり無いが、観光の全体的な感想としては若干いまいちだったような。
蔵の町並みは確かにあったけど、真ん中の通りはトラックやらワゴンやらが大量に走ってて興ざめ。蔵が若干歯抜けで区間も予想より短かった。馬籠とか高山くらいのを想定していたが、期待が高すぎたかな。まつりは資料館を見ただけだがなかなかにぎやかで良さそうだったので、10月にまた行ってみても良いかもしれない
2009年1月12日月曜日
低コストな広島旅行記3日目 家への苦難の道のり
ネットカフェは9時間パックで6時まで居られるのだが、ぐずぐずして延長料金を取られたり、慌てふためいて身支度をして忘れ物をしたりしてはつまらんので、5時少し前くらいに起きて0545には出た。
あとは行きと逆のルートをたどって家へと帰るだけだ。山陽本線~東海道本線というメジャーなルートだし、僻地の駅に取り残されたりしないよう時刻表を見て考えていたのだが・・・
最初の異変は上郡駅で起こった。車掌のアナウンスによると、この電車に接続することになっている智頭急行の電車が遅れているため、それが到着するまで駅で待つという。この辺は列車が少ないし、まあ向こうの電車に乗ってる人のことも考えればしゃあないか。しかし、その電車が遅ればせながら到着すると、乗り継ぎで来たのは何と老夫婦のみ。こっちの電車には少なくとも50人は乗ってるというのに、2人のために数十分待たされるとは・・・。何も悪いことはしておらずむしろ被害者なのに、視線を集中されて縮こまっていたお二人が若干気の毒だった。
そしてその遅れから全てが狂い始めた。智頭急行の遅れは待つくせに、同じJR西の電車の遅れは待ってくれないらしい。乗り継ぐはずだった電車は定刻どおり行ってしまったので、相生駅でまたしても十数分寒風に吹かれる羽目に。ようやく来た電車に乗って姫路に着くと、今度は「地震」で電車に遅れが出ているとか言いやがる。またもや寒風の吹く中を十数分待ち続けなければならなかった。
遅れて姫路駅にやってきた新快速に乗って以降は、地震も接続する三セクの遅れも無く、極めて快調で、ほとんどの駅の周辺に平和堂がある滋賀を通り抜けて、無事愛知へと到達。ただ、兵庫でもたついた分の遅れはいかんともしがたく、列車一本の差で家からの迎えが間に合わず、またまた寒風に吹かれながら家まで歩かなければならなかった。
最後に不可抗力による障害が頻発して北風と仲良しになってしまったが、2泊3日広島の旅(ネットカフェで一夜を明かすのは「泊」と呼んでいいんだろうか?)は満足のいくものだった。これが新幹線&シティホテルなんてのだと忘却のかなたに消えていくのも早いかもしれないが、18きっぷで切り詰めた旅をすると、良くも悪くも全てが記憶に残りやすいものだ。
土産で買った「あなご飯のもと」を含む夕食。具の量がイメージ写真とかけ離れていたようにも思えるが、味は良かったし家族にもなかなか好評だった。
低コストな広島旅行記2日目(2) 原爆ドームとネットカフェ
原爆ドーム。近くにある広島平和記念資料館も見学してきた。両者とも外国人も割といたようだ。日本人と半々前後くらいだっただろうか。各国の言葉で説明をするための装置が入り口で貸し出されていた。
入場料は大人50円と格安で、ホームページでも展示資料のほとんどを詳細に見ることができる。利益ではなく平和を訴えることを第一としているというのがこのへんからも分かる。マツダの本社がある広島も今回の金融危機の影響をもろにうけ、市の財政も厳しさを増しているだろうがこれは何とかがんばって欲しい。
ホームページでほとんどの資料を見られるが、実際に足を運んで見学する価値は十二分にあると思う。陽気で楽しい旅行の中に入れるのは若干あれかもしれないが、日本人として是非知っておくべきことだと思う。展示の説明も「アメリカの残虐さ」や「日本軍の・・・」等の主義主張を前面に打ち出すものではなく事実を中心に伝えているが、それによって各自が原爆の意味を考えられるのではないかと思った。 この旅行には一応デジカメを持っていったのだが、宮島・原爆ドームともにガイドブックのままの写真になりそうだったので各1、2枚しか撮らなかった。今思えば、別にガイドブックと同じでもいいからもっと取りまくっておけばよかった。
資料館内部はフラッシュ撮影のみ禁止だったのだが、フラッシュ解除の仕方が分からず断念・・・。21歳にして早くも機械音痴とは、この先どうなることやら。写真に関しては全般的に準備不足だった。
かくして広島市内の見学も終り、あとはもう一泊して帰るだけだ。当初2日ともカプセルホテルに泊まる予定だったのだが、一日目でけっこうがっかりしてしまった。
中心地から歩くとちょっと距離があるので、地下街で少し休憩してから行こうかと思っていたところ、壁のネットカフェの広告に目が留まる。ナイトパック9時間、フリードリンク、シャワー付きで1500円らしい。カプセルホテルの2300円より安いし、シャワーも浴びられるし、飲み放題でネットも使えるとなれば、もうネットカフェに行くしか無いでしょう。
近年の労働環境の変化で何かと話題になるネットカフェだが、自分が行ったとこは遊興の若者が中心だったようだ。ただ、一人受付でリュックを背負った人が「住所がないと利用できない」と断られていたのは多分そういうことなんだろう。
リクライニングはかなりできて毛布もあるが、やはり椅子で熟睡するというのは厳しいものがある。ずっと薄暗いし、微妙にうるさいし、たばこくさいし、個室にカギは無いし・・・。こういうところを拠点に生活するとなると、貯蓄なり学習なりをして脱却するというのはかなり難しいだろうなと思う。「難民」を非難するにしても擁護するにしても、一度自分で体験してみると説得力が違ってくるような気がする。
2009年1月6日火曜日
低コストな広島旅行記 2日目 宮島の哀れな鹿たち
宮島口駅と宮島で押したスタンプ。劣化していて何回おしても不鮮明になってしまう。
宮島口駅を出て、交通量の多い道路を地下通路でわたるとすぐに宮島行きの船の乗り場に着く。宮島へはJR西日本の宮島航路と広島電鉄傘下の宮島松大汽船が運航しているが、青春18きっぷがあるのでもちろん宮島航路のほうを選ぶ。18きっぷで乗れる唯一の航路である宮島航路だが、どうやら今年の4月から子会社に移管されるらしい。そうなるともう青春18は使えなくなってしまう。印でも押してもらっておけばよかった。早い時間の便に乗ったので、日の出が見られた。

肝心の宮島観光だが、厳島神社は想像していたよりもかなり新しい感じがして、平清盛以来の歴史というものでもないような印象。海に面していて台風などの被害で何度も修復されているから仕方が無いか。式年遷宮で20年ごとに社殿が建替えられる伊勢神宮に行った時も、建物を見て同様の印象を持ったが、あちらは敷地内にある巨木がかなり良い雰囲気を出していた。宮島にも弥山という自然が豊な山があるが、それは神社からけっこう離れている。厳島神社の宝物館も、平家納経が見られるかと思いきや、本物は企画展のみで普段はレプリカが少し。本物が見られるからわざわざ出向く価値があるのに・・・。宮島歴史民俗資料館は年末年始で休館、宮島水族館も改修中で閉館だったし、もう少し事前の下調べを綿密にしていけばよかった。
その宮島で厳島神社よりも印象に残ったのが、島のあちこちにいた鹿。奈良の公園みたくほのぼのした光景かと思っていたら、自販機の前で必死になって缶コーヒーの飲み残しをあさっていた。


まあそれだけならあるかもしれないと思ったが、宮尾城跡の付近の工事現場では何と段ボールを喰らうという異常な空腹ぶり。帰ってから調べて見ると、鹿は神社の神獣とされ鹿せんべいなども与えられていたのだが、増えすぎて住民に被害が出るようになり、えさやりを一切停止して「野生に帰そう」としているところらしい。餌付けをして増やしておいて、増えすぎて困ったら山へ帰れというのはどうかと思ってしまう。ほぼ一方的に被害を被っている山村ならともかく、宮島のように鹿を観光資源の一つとしているようなところはなおさらだ。
神獣の鹿といえば、まず奈良公園が連想される。あちらは保護団体があって鹿せんべいの売上を財源として保護・管理活動を行っているという。宮島の現状よりはうまくいっているといえそうだが、それでも財源不足や増えすぎによる諸問題が発生しているようだ。増えすぎないように、殺さずに保護するというのはなかなか難しい問題だ。観光客はわずかな時間鹿と戯れるだけで、地元の人々の状況まではなかなか考えが及ばないし。「宮島名物鹿鍋」でも売り出せばいいかも知れないが、神獣だしさっきまで戯れていた鹿を食いたいと思うかどうか。
宮島名物のあなごめしは帰りの時間には売っていたが、一人だけで食べるのもどうかという気がして、結局土産屋で「あなごめしの素3合分」を買って帰ることにした。宮島口から広島に戻り、「ASSE」という駅ビルの中でカキフライ定食750円を食べる。値段と味がマッチした定食だった。

午後は広島市内へ。
低コストな広島旅行記 1日目
夏休みの青春18きっぷはいずれも近場への日帰りの旅だった。今回の冬休みもそんな感じにしようかと思っていたが、2007年の夏休み以来泊まりで遠くへ行ってみようと思い直したのが12月の中旬ころ。しかし、すでにムーンライトは九州・松山・高知と全て売り切れていた。そこで次善の策として、昼間の列車で一日かけていけるぎりぎりの距離にある広島に行くことにした。
日帰りの旅行だと、目的地での時間を確保するため始発に近い電車で出発しなければならないことが多いのだが、今回は1日目を移動だけに費やせるので出発は1000過ぎ。東海道線~山陽本線で一路広島へ向かう。東海道本線は豊橋~大垣、山陽本線は米原~姫路の間は電車の本数が多く新快速がかなり走っているので比較的スムーズに移動できるが、大垣~米原、姫路以西はぐっと本数が減る上にほぼ普通ばかりになってしまう。それでも本線だけあって今まで乗ってきた路線の中では比較的良い部類に入る。荒野の中の小さい駅で数時間待たされる、などということも無く1800ころに広島駅に到着。
広島の名物料理と言ったら、まあ牡蠣とお好み焼きが定番だろう。事前にガイドブックを借りていろいろ検討し、一日目の夕食は「お好み村」というところでと思っていたのだが、駅を出た時点ですでにかなり腹が減っている。かなり寒い闇夜を歩き回る気力がちょっと無かったので、駅ビルの「ASSE」内にある店にしておいた。具と生地を混ぜないで焼くなどの特徴は見られたが、味のほうはそれほど顕著な特徴というものは正直あまり無かったような気がする。何度も食べるか、ちょっと値段の高いカキ入りのでも食えば分かるものなのかもしれない。
駅ビルで夕食をとったあとは寝て明日に備えるのみ。今回の旅行のコンセプトはローコストなので、泊まるのも普通のホテルではなく、薬研堀にあるカプセルホテル。地図を持参して路面電車で最寄り駅まで行ったにも関わらず、持ち前の方向音痴ぶりを発揮して大いに迷ってしまったが、何とか当日のたどり着くことができた。
カプセルホテルの内部は、事前の予想にたがわぬレベルであった。大浴場は5人も入れば満杯になりそうだったし、個室の鍵は無きに等しいくらいの貧弱なものだったし、TVは超小型の湾曲ブラウン管だったし、トイレも洗面所も・・・・。一泊2300円という価格設定もむべなるかな。寒さをしのいで寝るのみと割り切って、早めに風呂に入って寝ることにした。しかし、すぐ上の個室から奇妙な音のイビキがだだ漏れで、満足に寝ることすらできず。これではちょっとねえ・・・
