知る人ぞ知る戦前のビールメーカー、カブトビールの木彫りのレリーフ。
さらに、その隣にはカブトビールのポスターまで
本物かレプリカかはなんとも言えないが、思わぬところで故郷にゆかりのあるものを見つけるのは嬉しいもんだ。
発祥の地である半田市には当時の赤レンガ工場の一部分が残っていて、復刻版ビールや各種記念品なども売られている。個人的にはビールも含めアルコール類は大嫌いだが、これだけは成功してもいいかなと思う。
短期アルバイトの体験記とアゲハチョウの飼育記録を中心に
これまでにも通過して暴風域に巻き込まれることは数限りなくあったが、直で上陸地点になるというのは初めてじゃなかろうか。しかも「非常に強い台風」がそのまま上陸とは・・・
確認してみたところ、6時30分の時点で停電しているが、特に被害は無くおおむねおさまったらしい。被害で言えばかすめたくらいの台風のほうが大きかったことになる。分からんものだ。
しかし、被害が大して無かったとなると全国ニュースで「知多半島」と連呼されるのはちょっと嬉しかったりする。これでjr東海の運行情報で「武豊線」の名前まで出てくれればもう言うことは無い。
全国の皆さん、これを機に知多半島の名前と位置をぜひ御記憶ください・・・
エサ自販機でゴカイを入手し、今年2回目のハゼつりへ。前回常滑に行った時は時期が早かったのか微小なハゼしか釣れなかった。一月近く経った今回は大物を狙う。しかし・・・
どうやら今回は遅すぎたようだ。今回はそもそもあたり自体乏しく、たまに釣れたと思えばフグとかカニとかばかり。
結局大井・矢梨・河和と半日さ迷ったのにキープできた魚はゼロ。兄がクジメ・海タナゴなどを釣ったが、まさかこんなことになるとは思わなかった。翌日に余ったエサで富貴のヨットハーバーで再挑戦を試みたものの、またしてもカニに邪魔され釣果は小型ハゼ一匹のみ。まあこんなこともあるわな
生きてる時の写真を撮るのを忘れてしまったので、頭とはらわたを除去されてから揚げにされる寸前のところを。
今年は天候が悪かったせいなのか知らないが、やけに小粒のものが多かった。入れるとすぐに引きがあるものの、たいていはエサだけをとられて終了になる。まあ、小さいのでも骨まで余裕で食べられて大きいのより味にくせがないからいいけれど。
午後2時から5時過ぎまで釣って40匹。重さは150グラムくらい
愛知県は不交付になったけど、トヨタ系の本拠地である豊田市・安城市・刈谷市あたりは不交付のままなのだな。「今年の不交付団体一覧」というのはまだ総務省からは出てないみたいだが、新たに交付になった27団体はニュースで出ているので、これと去年の不交付団体を照らし合わせれば今年の不交付団体が分かる
総務省>>平成20年度普通交付税の算定結果等
我らが知多半島では、東海市・知多市・大府市・半田市・常滑市・東浦町・武豊町が不交付。「5市5町」の中で5市2町が不交付とはさすがですな。新日鉄・JFEスチール・大同特殊鋼・旭硝子・中部電力(火力発電所)・アイシン精機・日本車輌・東海カーボン等など、臨海工業地帯に名だたる企業の工場が並んでるおかげ。
しかし、最近ではファイザーの研究所が閉鎖され、ミツカンも工場の移転を発表するなど、若干雲行きが怪しくなってきた。上記の不交付団体の中で言うと、常滑市は市民病院の大赤字&セントレア不振&競艇低迷で一番やばいような気がする。武豊は、ファイザー研究所はMBOで復活したし、中電も新しくソーラー発電所を作るとか言ってるから大丈夫だろう。多分・・・
10年後には一体どうなってるでしょうかね。
7月25・26日に行われたようですな。
巨大な鯛の張りぼてを担いで、街中や海中を練り歩く。なんというか、ちょっと可愛い顔をしている。
高校卒業まで一貫して知多半島に住んでいて、豊浜はちょっとがんばれば自転車でもいける距離にありながら、今まで一回も生で見たことが無い。5年に1度のはんだ山車まつりも同じく。両方とも、至近距離でやってると「まあいいか」という感じになってしまう。中日新聞にCBC、東海テレビあたりを見ていれば事細かに伝えてくれるし。
東京に住むようになると見たくなってくるのだが、7月末に10月頭の夏休みの直前・直後に行われるという素晴らしいタイミング。まさかそれだけのために新幹線使って帰省するわけにも行かないから、結局は見られないままだ。半田はともかくとして、豊浜を含めた南知多では人口に関して危険な状況が継続している。時間・金銭的余裕ができて見に行けるようになるまで祭が続いていて欲しいが・・・・
(4)は、みやげ物や地元の各種会社の広告
亀甲大醤油合資会社&濱の志ら浪 知多もづく(こっちは豊浜)

「南知多代表名物」とは大きく出ましたな。現在は二社とも恐らく・・・
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大日本ビール特約店

大日本ビールというのは、戦時統制によって国内各社が合併して誕生した会社。戦後にアサヒとサッポロに分割される。
ちなみに、知多半島には半田に丸三麦酒という会社があって、カブトビールというブランドで全国展開していたが、この大日本麦酒に併合されている。ここももともとはカブトビールの特約店だったかも
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醸造系二社。シキシマ・ヒマタby日々又佐エ門&不老味噌

不老味噌のほうは今でも営業を続けているみたいだ。シキシマ&ヒマタのほうはよく分からない
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内海名物 つぶて餅・つぶておこし つぶて餅茶房

今の内海名物といったらやっぱり波まくらでしょうな。波まくらの櫻米軒は創業120年だそうだから、もしかしてこれの後身なのか
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銘酒 トミヨシ 内田酒造所

google大明神もご存知ないということなので、ここも恐らくは・・・。
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株式会社知多銀行 橋本七度煎

知多銀行は野間に本社を置き知多半島を営業エリアにしていた銀行。1939年に東海銀行の前身である伊藤銀行に吸収される。
橋本七度煎は現在も営業中
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内海お土産 海老珍味「海老の素」 内海特産「太もづく」 トキワ味噌本家 マルロク
南知多名物 生せんべい 秋月軒

「海老の素」って? 干ししいたけみたいに湯で戻す? 海老の風味が出る粉?
マルロクは現在も営業しているようだが、これは扱っているのだろうか。
生せんべいは今は半田の名物ではないかと。昔は知多半島各地にあったのか
(3)は内海の旅館の広告
南知多内海温泉 内海館 なんとストレートなネーミング

「史と詩夢の楽園」というのはこれに限らず各所に出てくるので、どうやら当時売り出そうとしていた時のキャッチフレーズであったらしい。
その「内海館」の「濱座敷」。多分海を見ながら料理を食べられるようなところだったのだろうと

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さらに旅館の広告をたくさん
眺望絶佳 天下無比 清遊館 御清遊は海の龍宮 港館

「茶代」というのはチップの旅館版みたいなもの。従業員が旅館から給料をもらわずに、これで生計を立てている場合もあったんだとか。
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四季の御清遊地 風月 南州ホテル

こちらの二つも「茶代」廃止。旅行に行く人が増えてくれば、不明朗な慣習に対する不満の声も大きくなっていくだろう。客は予算が立てやすくなるし、従業員も無理に「茶代」をせびる必要も無くなる。廃止は双方にとってメリットのあることだろう
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まずは、当時の目玉だった「世界一」のサンドスキー場

世界一とはいうが、当時サンドスキー場というのは世界にどれくらいあったんだろうか
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つぶて浦の景観

「最近国家君が代の「さヾれ石」はこの岩なりと疑問符がかけられて学術的には二億万年前のものたると云われ有名である」そうな。それは「二億万年」も前の石なら当然有名になるでしょうねえ
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つぶてヶ浜海水浴場。モダンな水着で海水浴を楽しむ女性たち

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千鳥ヶ浜海水浴場。海水浴場がようけあるのは良いが、それぞれの特徴が分からん

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内海温泉小唄舞踊

内海(1)で紹介した小唄には踊りもついていたらしい。舞台の後ろには「つぶて餅」の文字が見える。
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本文の「交通」のとこでたびたび「愛知商船」という会社が登場する。
名古屋から南知多を見物して、そのついでに師崎から船で鳥羽、伊勢神宮まで足を伸ばそうと。
この冊子が発行されたのと同じ年の昭和13年の3月に、愛知商船の「神風丸」の蒲郡~篠島~師崎~二見~鳥羽というルートが就航している。それで大いに宣伝をしているわけだ。
かなり適当な航路の地図。確かに船で周ったほうが速そうだ。
「名古屋から伊勢参宮の最短日帰りコース」
最新鋭の旅客船「神風丸」の写真拡大版

なかなか立派な船であったようだ。しかし、「神風丸」で「武運長久祈願」というのが時代を感じさせる。
神風丸乗車記念のスタンプ

子会社だったかどうかは分からないが、当時からすでに名古屋鉄道とは密接な協力関係にあったようだ。後に名鉄海上観光船となる。
南知多小鈴谷(知多濱温泉)は処女的海水浴場として知られ、最近都会人の海水浴場と遊覧地として往来はげしく別荘も相当多くなつた、海は遠浅にして文字通りの白砂青松で知多濱も旅館南景楼の建設で過速度的の発展をなしてきた、小鈴谷に清酒子の日松の醸造元あり有名である
▼省線武豊駅より、名鉄電車知多武豊駅より小鈴谷行バス連絡十分で達せらる
▼知多濱に南景楼あり一泊一円五十銭より三円
小鈴谷音頭
知多の小鈴谷ナ知多の小鈴谷笑顔が招く濱の宿から
チヨイト湯が招く ハヤツコラサ湯が招く
サツサヤツコラサト湯が招く
玉の盃ナ玉の盃なさけの君に引いてほしやの
チヨイト子の日松 ハヤツコラサ子の日松
サツサヤツコラサト子の日松
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上 南景楼 御座敷より伊勢湾の展望
下 南景楼より伊勢湾の展望

南景楼は情報が少なくて詳細はよく分からないが、今でも営業してるのは確かだ。
→ 南景楼
お酒は断然ネノヒマツ by 盛田合資会社

盛田はその後も酒・味噌・醤油中心に発展してきた。2001年に香川の醤油メーカーマルキン忠勇を子会社化したのに伴って複雑な会社再編を行っている。現在は複数の醸造メーカーを束ねる管理会社という位置づけになっている
小鈴谷通運社。知多半島にわらわらあった各種運輸会社は、戦時中に整理統合されて名鉄子会社の知多乗合に一本化される。タクシーは名鉄タクシーへ

南知多坂井温泉は天下に誇る海水浴場として海は遠浅にして老幼婦女子といへ共安全に海水浴が出来る、又潮干狩り魚釣の好適地である、前に伊勢湾を控へ鈴鹿の連峰を近く野間、常滑の青恋を眺め大小汽船帆船が眼前に展開風光頗る明媚、石膏含有塩類泉の温泉にて非常によく賑ふ
附近の名勝として上野間天然記念物鵜の池がある、尚坂井に清酒七福神、若武者の醸造元があり有名である
▼交通 省線武豊駅下車名鉄電車は神宮前から知多武豊駅下車野間バス連絡武豊より坂井迄十五分で達す
▼旅館 湯本館、ひさご等あり宿料は一泊一円位から二円五十銭迄である、上野間に新熱海館がある
坂井温泉小唄
南知多ではナア南知多では 坂井のいで湯
濱の宿からチヨイト湯が招く ハアヤツコラ湯が招く
サアサヤツコラサト湯が招く
南そよそよナア南そよそよ 干潟を行けば
髪のほつれがチヨイト氣にかゝるハアヤツコラ氣にかゝる
サアヤツコラサト氣にかゝる
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坂井は現在の常滑市南部にある。南知多町が出来る前はこのあたりまで含めて南知多と呼んでいたらしい。
坂井温泉 湯本館と鵜の池の写真

湯本館というのは現在でも営業している
鵜の池も相変わらず天然記念物として多数の鵜で賑わっているようだ。バーベキューやらいちご狩りやらもできる観光施設が近くにある
当時坂井にあった「西倉吟醸」の広告。現況は不明

南知多野間は天下に誇る海水浴場として有名で名古屋の中等学校小学校の海水浴場で物価安く評判が良い、最近野間鉱泉の湧出で非常な活況を呈してゐる、史蹟としては源義朝公の最後の地野間大坊、田上法山寺の湯殿、長田親子のはりつけ松等あり風光として富具崎の灯台がある、
附近若松濱は名古屋YMCAの海浜宿舎あり女学校の海水浴場として異彩をはなってゐる
▼交通 省線武豊駅電車知多武豊駅より野間行バス連絡、名鉄神宮前から知多武豊経由野間バス連絡一円十四銭 所要時間名古屋=野間=約七十分
▼旅館 山本屋、かざりや、海浜館、いろはや、やまに、紅葉屋、柏屋、池文、池庄など宿料は八十銭、一円、一円五十銭、二円、三円
野間小唄
尾張野間から来いとのたより行かにやなるまい此夏にや
ホンノリホラサデ ネツチヨイトセ
ホンオリホラサデ チヨイトセ チヨイトセ
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野間で有名な場所といえば、野間大坊、灯台、鵜の池。
まずは海水浴場と野間大坊

野間大坊は源平の争乱の中で源義朝が裏切りにあって殺され、その後に下手人の長田親子が磔にされ、戦国時代末期には織田信孝が切腹している。どうも暗い話題が多いな。
続いて、野間の灯台

金網に南京錠をつけとくと恋が成就するんだったっけ?
各地からわらわらと来て南京錠を次々と付けられると、金網が壊れますので、管理人に鍵を渡してからするように頼みます
沿線ところどころ 野間自動車株式会社 戦中に他の会社とまとめられて名鉄傘下の知多乗合へ

海水浴旅館山本屋&東邦電力名古屋支店半田営業所

東邦電力は戦前に関東~九州までエリアを持つ五大電力会社の一つだったが、戦中の統制によって現在の各電力会社に吸収される。戦前の電力会社は今と違って大小入り乱れた競争があったようなので、広告を出す意義もあったのか
小唄が他と比べて適当?
南知多内海は南知多第一の都邑であって、商工業も盛んである、地形としては北に半島第一の高山秋葉山を?ひ前は伊勢湾に面し、海岸は文字通りの白砂青松であつて水清く長汀曲浦千鳥ヶ濱礫浦とを控へ天下に冠たる海水浴場をしてその名を天下に知らしめてゐる、東方に礫浦の景観あり、伝説によればその昔天照大神が伊勢からおたわむれに投げさせられたと伝えている、最近国家君が代の「さヾれ石」はこの岩なりと疑問符がかけられて学術的には二億万年前のものたると云われ有名である、西の世界一サンドスキー場は微粒の白砂の丘であって断然サンドスポーツとして世界に君臨してゐる、尚いつでもスキーの快味があじわへるのでスキーヤーをして喜ばしてゐる、
又春より夏から秋にかけて内海の沖は魚釣の本場として知られキス、コチ、カレー、ズイ釣で各地より殺到たるものがある、先年内海鉱泉の発見によつて名古屋を始め関西方面より観光地と温泉で相当の賑ひを見せて内海温泉も活況を呈し旅館、バスの不足を生じたる盛況振りで町商工会も遊覧客吸収に大童で宣伝に乗り出してゐる
▼交通 武豊駅より三十五分、名鉄電車河和駅より十五分常滑より四十五分にて達せらる、名鉄神宮前より河和経由内海迄電車バス連絡片道一円〇四銭である
▼旅館 内海館、南洲ホテル、清潮館、風月、港館、大徳楼、丁子屋、かしわや、つぶて館等で宿料は一円より五円で滞在のお客様は特に勉強してゐる
▼産物 味噌溜を始め内海蜜柑、清酒として富よし、引風の妙薬橋本七度煎、名物としてつぶて餅、つぶておこし、生せんべい、太もづく、海老の素、最近売り出しの内海鉱泉せんべい等があり何れも好評を博してゐる
山海海岸
南知多内海の東方二キロの地点内海からバスで十分にて山海海岸につく、こゝは処女的海水浴場で砂白く水清く実に理想的の海水浴場である、附近には岩屋観音がある、同寺は弘法大師の修行場として有名ばかりでなく宋版一切経五千九百十巻が完備の儘蔵に納つてゐる、発見者は徳富蘇峰氏であって同氏の紹介で斯界の権威者小野玄妙博士が来内調査を進め立派な折り紙をつけ国宝審査会に報告したるをもつて近く国宝に指定も近きであろう
内海サンドスキー小唄
一
アー
尾張内海富士ヨ (ドツコイショ) 名の出たところ
サンドスキーじゃ ヤンレ サンドスキーじゃ世界一
(ハヨイトハヨイト スイスイ)
二
アー
内海白山よヨ (ドツコイショ) 乙女の肌よ
乙女可愛や ヤンレ 花の笑顔でサンドスキー
(ハヨイトハヨイト スイスイ)
三
アー
ゆこよ白山ヨ (ドツコイショ) すべろよ若人
花の笑顔で ヤンレ スキーしましよと眼で誘ふ
(ハヨイトハヨイト スイスイ)
内海音頭(二上がり)
一
尾張内海は コラサ 南知多で名所
春にや山寺花見にお出や 櫻ねヨイヨイ
櫻見よとてさゝよいきげん ヨイトヤ ハアヨイヨイ
きげん上戸の桜色かね
ヨーイヨイヨイ チンチリガンノヨンヤサ
二
尾張内海は コラサ 南知多で名所
夏にや白浜海水浴にお出や 濱はねヨイヨイ
濱は白いになぜ君や黒い ヨイトサ ハアヨイヨイ
色も深けりゃ情も深いよ
ヨーイヨイヨイ チンチリガンノヨンヤサ
内海温泉小唄
一
内海温泉 トロリトセ
さそう春風 櫻谷
流す浮名は夫婦風呂 ・ソリャ・
トントセトロリコ花吹雪花吹雪
二
色氣かざりはトロリトセ
はでな水着の玉の肌
ぬれて色ます 紅模様 ・ソリャ・
トントントロリコ波しぐれ波しぐれ
三
サンドスキーでトロリトセ
鈴鹿おろしの 濱風に
描くボーゲン砂の恋 ・ソリャ・
トントントロリコ飛ぶかもめ飛ぶかもめ
四
おぼろ湯けむり トロリトセ
なさけ千鳥の泣く窓に
月もかくれて夜が更ける ・ソリャ・
トントントロリコ置ごたつ置ごたつ
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内海長いですな。「世界一」のサンドスキー場が出来て温泉も新しく発見されて、これから大いに観光地として栄えていこうというところか。「つぶて餅」やら「鉱泉せんべい」やら名前以外には土地と特に関係ないみやげ物を用意するところは現代と変わらない。
温泉は今でも問題なく湧いているが、サンドスキー場は戦争の影響もあって昭和中盤で廃業、跡形も無くなってしまった。温暖化が騒がれている今だったらそれなりに需要も見込めたかもしれないのに残念なことだ。サンドスキー場に関してはこちらのサイトが非常に詳しい。知多半島のほかのスポットについても、現地踏査をして非常に丁寧に詳しく取材されている。 →underzero>>知多半島特集
みやげ物で挙げられているうち、ミカンはグリーンバレーなんていう施設があるが、他の菓子類はよく分からない。生せんべいはむしろ半田名物では?それに、波まくらが載っていないのはなんでだろう。広告代を出し渋った?
「第一の都邑」だけあって広告・写真もけっこうあるので、それは(2)以降で
南知多豊浜は天下の名港として知らる、湾内は非常に工合のよい港となってゐて大小帆船汽船の安息所である、この村は大半漁業に従事して年産漁業水揚高数十万円にのぼり漁村として有名である。
この村に曹洞宗の巨刹として正衆寺がある、同寺境内の眺望のよい高丘に毘沙門天が奉安され團体客でよく賑ふ東方へ二軒の処に小左という小邑あり、自然の入江を区画して養魚場がある、延壽の龍亀霊場小佐浄土寺がある、昔から小佐薬師として知られ参詣者で人絶へず、
なほ同村中州に知多新四国八十八箇所第四十番札所影向寺があり子安慶讃講本部があり参詣者でよく賑ふ
▼交通 省線武豊駅よりバス五十分名鉄電車河和駅よりバス二十分
▼旅館 大栄館、東西屋、料理店として入船食堂、三河屋等で宿料一円、一円二十銭、一円五十銭、二円である
豊浜音頭
豊浜よいとこ波をうけて ヨイトヨイトサノサ
大波小波が どんどとよせる 春にやねサノサ
沖はアリヤセ大漁の コリヤサ旗印
アリヤセ コリヤセ ヨイヨイ
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南知多豊浜漁港

豊かに魚が獲れる浜だから豊浜になったのだろうか。今は魚ひろばという産地直売市場ができてなかなかの繁栄ぶり >>>豊浜魚ひろば
もう一つ豊浜名物といえば鯛まつりのはずだが、この本には載っていない。
豊浜商工会のホームページによれば今の形になったには昭和になってからということなので、このときにはまだそれほど有名ではなかったのか
南知多の離島二つのうちの一つ、日間賀島。伝統的な名物であるタコに加え、最近はフグを盛んに売り出そうとしている
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南知多日間賀島は師崎の東方に位し、東と西の部落よりなり古より漁村として知られる、近時南知多の発展に伴ひ日間賀島も処女観光地として杖を引くものが多くなつた、尚この島は石器時代の遺物、遺蹟多く此の方面の研究家の来島者も頗る多い、島民は質朴にして感じのよき島なり、島を西から東へ立派な観光道路あり中央部附近よりの眺望は質によく一度島を訪れたものゝ印象はこゝにある、前年西の里、長心寺に竹生島より弁財天の分身を奉安してより非常に有名となり賽者引きも切らず参詣する、
▼交通 師崎港より海上十五分片道三十銭、福江港より一色大浜より愛知商船の定期船、遊覧船の便がある、神宮前より日間賀島迄電車バス船共片道一円五十四銭
▼旅館 東の里に豊藤屋旅館其他多数軒あり宿料は一円より各種あり非常に静かな里で感じがよい
四季の遊覧地東海松島巡り--------------篠島日間賀島行は 師崎愛知商船のモダン遊覧船で
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日間賀島には何度か行ったことがあるが、確かに「質朴にして感じのよき島」だったかな。
観光道路より篠島を望む 日間賀島海水浴場
